| 太宰治の生家である津島家の大邸宅は、明治四十年十月に新築された。設計は弘前市 |
| の有名な棟梁堀江佐吉、施工は弘前市斎藤伊三郎である。階下十一室百五十四坪、ニ |
| 階八室百坪、附属建物や泉水を配した庭園など合せて宅地約六百坪。四囲に高さ四メ |
| ートル余の赤煉瓦塀をめぐらし、十数キロメートルの彼方から望見できる赤い大屋根 |
| を頂いていた。宅地の裏側には広々とした畑地が続き、金木町の中心部は津島家の地 |
| 所で占められ、周辺には村役場、警察署、銀行など配置され、金木の殿様の居城にふ |
| さわしかった。明治末年の時代の風潮を受けて、内部の造作には和洋折衷の様式がと |
| られたが、とくに階段や洋間などは鹿鳴館風のモダンな面影を今に伝えている。この |
| 地方きっての大地主の家の土間には、秋の収穫時には米俵が次々と運び込まれてきた |
| のである。しかしこの豪壮な大邸宅のなかに、六男修治の個室はどこにもなかった。 |
| 現在、太宰治記念館「斜陽館」として、金木町が管理運営している。 |
| 「金木郷土史」より(一部変更) |